2回目の調停は、家庭裁判所で行われました。
当日は朝から緊張していて、弁護士さんと裁判所の前で軽く打ち合わせをしてから中に入りました。足元が少しふわふわして、現実感がないまま建物の中へ。
入口では、まるで空港のような荷物チェックがありました。
金属探知機を通り、荷物をトレーに乗せて検査を受けます。受付を済ませると、指定された待合室に案内されました。夫とは顔を合わせないようになっていて、別々の部屋に通されます。その案内に、思わず少しホッとしました。
しばらくして、先に夫が呼ばれて部屋に入りました。
その間、私は心臓の音だけがやけに大きく聞こえて、何も手につきませんでした。やがて私と弁護士さんの番になり、調停室へ入りました。
目の前には男女二人の調停員。
初めて顔を合わせたその瞬間、どこか冷たい空気を感じました。
私にあまり良い印象を持っていない――そんな雰囲気が伝わってきました。
夫の言い分は、「自分は妻に責められて家を追い出された」「弁護士からお金を払うよう脅された」とのこと。
もちろん、そんなことは事実ではありません。
弁護士さんも冷静に説明しましたが、調停員から「相手に脅しのように聞こえない話し方を」などと注意され、なぜか私たちが責められているような気分になりました。
話しても話しても、伝わっていないような空気。
本当は、家を出て行ったのは夫の方なのに。
調停の席で、弁明を重ねる自分が少し情けなく思えました。
次に話題は「婚姻費用」、つまり別居中の生活費について。
夫側は「今の収入が少ないのは理解するが、今後1年間の年収が分からないと計算できない」と言い、支払いを保留すると主張しました。
調停員からは「今後1年間の見込み年収を証明できる資料を会社に確認してください」と言われ、頭の中が真っ白に。
“会社にそんなこと、どう話せばいいの…”と、不安だけが残りました。
こうして2回目の調停は終了。次はまた1ヶ月後です。
そのとき、弁護士さんがぽつりと一言。
「今回の調停員は、ちょっと外れでしたね。」
私は一瞬、どう反応していいのか分かりませんでした。
“ハズレ”という言葉に、少し救われる気持ちもありました。
やっぱり自分だけがおかしかったわけじゃない、と。
けれど同時に、ぞっともしました。
人の人生を左右する場所で、担当する人ひとりの“当たり外れ”があるのか、と考えると、足元がまたふわりと揺れた気がしました。
私のこれからが、そんな“運”の上に成り立っていくのだと思うと、胸の奥に小さく不安の針が刺さったようでした。

