離婚に至るまでの経緯① ~離婚を決めるまで~

体験談
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夫がうつ病で休職。ゲーム漬けの日々から「夫、いらなくない?」と思うまで。

前回の記事では、「離婚してよかった理由」についてお話ししました。
今回からは、私がなぜ離婚を決意するに至ったのか、その経緯について時系列でお話ししていきます。

読んでいて辛い部分もあるかもしれません。
でも、これは私が実際に経験した、現実です。


【離婚まで2年】夫、休職する

ある日、仕事から帰ってきた夫がこう言いました。

「うつ病で休職することにする。」

理由を聞いて、耳を疑いました。

「会社の他の人がうつ病で休職してるんだけど、会社休んでるのに給料だけもらっててずるい。今度、精神科に行って診断もらってくる。」

…は?

最初は正直、軽い気持ちで聞いていました。
本当にうつ病でなければ、お医者さんが診断なんて出すわけがない。きっと何も起きないだろう、と。

それが、まさか本当になるとは。

結局、夫はうつ病と診断され、休職となりました。


一日中ゲーム

家にいる夫が一日中していること。
それは、ゲームでした。

朝も、昼も、夜中もずっと。
家族で食卓を囲んでいる時でさえ、彼の視線は常にスマホの画面にありました。

「パパ、あのね」

子どもが一生懸命話しかけても、返ってくるのは「うん」という片手間の相槌だけ。それどころか、話が長くなると**「うるさい」**と、子どもの言葉を遮ることもありました。

子どもたちは、徐々に夫に話しかけなくなっていきました。


パートを始めて広がった世界

そんな中、子どもたちが小学校に上がったのを機に、私もパートを始めることにしました。

夫に相談すると、出された条件は二つ。

「仕事を始めても、家事は絶対にサボらないこと」
「俺に家事をやらせようとしないこと」

…とても悲しい気持ちになりました。

でも、パートに出たことで、専業主婦だった私の世界はかなり広がりました。
パート中は仲間たちと仕事の話ができる(笑)。
夫に感じるストレスも、少し軽減されたような気がしていました。


消えた会話

気づけば、夫との会話は週に1回あるかないか

同じ家に住んでいるのに、まるで空気のような存在でした。
聞こえてくるのは、ゲームの効果音と、ボイスチャットで楽しそうにしゃべる彼の声だけ。

私もパートを始めたことで、以前ほどの寂しさは感じなくなっていました。
でも、その代わりに別の感情が大きくなっていったのです。

仕事に行かないのに、家事も子育てもしない夫への不満。

パートから夕方帰ってきても、朝食べたお皿がテーブルにそのまま。
食べたお菓子のゴミも、放置されたまま。

小さなことの積み重ねが、じわじわとイライラに変わっていきました。
「あぁ、私、だんだん夫を嫌いになってる…。」

でも、今後も一緒にやっていくなら、このままではいけない。
そう思い、勇気を出してこう提案しました。

「もう少し、私や子どもたちと話す時間を作ってくれないかな。せめて週2回、ゲームをしないで話す時間がほしい。」

夫の答えは、こうでした。

「ゲームのクエストとか、時間が決まってるイベントがあるから無理。パートを始めるようになって反抗的になった。調子に乗るな。」

…唖然としました。

「調子に乗るな」って、どういうことでしょうか?
家族と話す時間がほしいと言っただけなのに。
今思い出しても、腹が立ちます(笑)。

でもこの時はまだ、「病気のせいなのかな…?」と、自分を納得させようとしていました。


「夫、いらなくない?」

そして、決定的な出来事がある夜に起こりました。

子どものことで少しトラブルが発生し、お友達の保護者の方が心配して家まで訪ねてきてくれたのです。

「うちの子に、お金を渡していませんか?」
「急に買ってあげていない高いおもちゃが家に増え始めたんです。」

原因は、うちの子どもが生活費の中からこっそりお金を抜き、お友達に渡していたことでした。

初めての子ども関係のトラブルに、頭が真っ白になりました。
子どもから事情を聞いたり、学校への連絡をどうするか相談したり…対応に追われました。

その時、夫は何をしていたか。

すぐ隣のリビングで、イヤホンをして、ゲームに没頭していたのです。

私たちの会話に加わることもなく、こちらを見ようともしない。


最後の訴え

保護者の方が帰った後、私は震える声で夫に言いました。

「お願いだから、ああいう時くらいは一緒に話を聞いてほしかった。」

それは、妻として、母親として、最後の訴えでした。

しかし、返ってきた言葉は、私の心を粉々にするものでした。

「俺が感情任せに子ども怒鳴ってもいいの?気持ちを落ち着かせるためにゲームしてたんだけど。うるさくて集中できない。お前のせいで出ていくしかない。車も通帳も、俺の名義のものは全部俺のものだから持って行く。」

そして、泣いている子どもに向かってこう言い放ちました。

「お前がいい子じゃないから、俺が出ていくことになった。」

その言葉を残して、夫は家を出て行きました。


それでも止まらない現実

玄関のドアが閉まる音を聞きながら、私はその場に崩れ落ちました。

でも、泣いている暇はありませんでした。

夫に「お前がいい子じゃないから」と言われ、泣いている子どものケアをしなければいけない。
「パパどこに行ったの?」と夫を探しているもう一人の子のケアもしなければいけない。
お金を渡していた理由をちゃんと聞いて、いけないことだと教えなければいけない。
車で通っていたパートも、明日どうしよう…。

頭の中は、ぐちゃぐちゃでした。

でも、そのぐちゃぐちゃの中で、ひとつだけ、はっきりと浮かんできた感情がありました。

こんな、一番家族が団結すべき時に出ていく夫って…

いらなくない?

この夜を境に、私の心は、はっきりと**「離婚」**へと向かって動き始めたのです。


【次回予告】
夫が出ていった翌朝。手元に残されたのは、こっそり貯めていた50万円だけ。絶望の中で私が最初に取った行動とは?次回、「離婚を決意した日。貯金50万円からの再出発」をお届けします。

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